YM1
いまでも時々会っている約半世紀越しの仲の友だちがいる。少年の頃、彼は当時最速の2ストロークマシンとも言われたヤマハ YM1に乗っていた。 YM1は305ccの為に車検検査があり、高校生の身分で乗れるのはとても贅沢な事であったと思う。皆が乗れるのはほぼ同じ機構と外見で販売されていた弟分のYDS3 (250cc) だった。
YDS3
この頃の2ストエンジンは、エンジンオイルとガソリンを混ぜて混合燃料を作ってタンクに入れなければならなかった。今でこそ普通となっているが、YM1/YDS3は自動的にガソリンとエンジンオイルを混合してくれる分離給油機構を世界で初めて起用したバイクだ。
ある日YM1でストレートを激走中、彼は突如顔面に強烈な激痛を感じた。バイクを止めてミラーを見ると、驚くことに雄のカブトムシがその角を彼の頬に突き刺してぶら下がっていた。YM1の速さを自慢するような彼の武勇伝だ。
彼は大変な軍事マニアでもある。
マージャンに興じていると、再放送のアメリカのテレビシリーズ「コンバット」の時間になり、彼はテレビをつけた。しばらくすると画面はドイツ兵がアメリカ兵と森の中で遭遇したシーンになっていた。ドイツ兵が「アメリカーナ!」と叫びながらアメリカ兵に向けて「ダダダダダ・・・」と銃を撃っているのがマージャンを打つ部屋の隅から聞こえてきた。何の違和感もない戦争映画などではよくあるシーンだ。
しかし、軍事オタクの耳は鋭かった。
「ありえない!今のドイツ兵は五発撃った。1940年代のヨーロッパ戦線のドイツ歩兵は規則で四発しか装填(そうてん)していないはずだ。」この重大な間違いに憤慨する彼を皆でなだめてやっと麻雀続行となったが、彼の軍事マニアぶりに驚いた。
2年前のお盆休みに家族で島根県の出雲大社に行った。出雲と言えばラフカディオ・ハーン(小泉八雲)が有名である。以前本で読んだことがあるが、幽霊や妖怪に強い興味を持っていた彼は、来日して二週間後には松江から出雲大社へ行ったようだ。車で1時間ほどの距離だが、当時は穴道湖(しんじこ)をポンポン船で横断するだけで4時間半もかかったそうだ。期待で胸が膨らむハーンはこの蒸気船のポンポンポン・ポンポンポンと言うエンジン音が「コト・ヌシ・ノ・カミ」「オオ・クニ・ヌシ・ノ・カミ」と言う祝詞(ノリト)に聞こえたという。
先の軍事オタクの友人は愛車のヤマハYM1のエンジンを空吹かしして悦に入っている時、普通の人は「グオ~ン・グオーン」とか「バァ~ン・バァ~ン」と聞こえる2サイクル音だが、彼には「YA~MA~HAaaaan」「ヤマハアアアアン~」と聞こえると言っていた。何事もこだわる人の感性は、常人のそれとは違うのかもしれない。