三億円強奪事件とカワサキA1SS

 

返還前の沖縄から東京に来て定時制高校に通いながらモトクロスライダーを夢見た友だちがいる。同じバイクショップのクラブ員で、よく一緒にレースに参戦した仲間だ。彼は高校に通いながら、昼間はパチンコ店に景品を卸す会社で働いていた。多摩地区が担当で、緊急に必要になった少量の商品をバイクで届けたり、受け取った小切手を入金するのが主な仕事だ。

配送に使っていたのは、彼のカワサキA1SS(250cc)。ブルーのタンクに自分で白いストライプをいれていた。A1SSはクラッチを雑につなぐと簡単にフロントアップしてしまうジャジャ馬バイクで、当時最速の250ccとも言われていたほどだが、エンジンを回しすぎるとピストンの頭が溶けてしまうという、今では考えられない代物だ。いずれこの二気筒のエンジンが三気筒となり、250cc、400cc、500cc、750ccなどのKawasakiマッハシリーズと呼ばれるようになっていく。

丁度そのころのことである。東京都府中市で1968年12月10日にかの有名な三億円強奪事件が起きた。現金輸送車に積まれた東芝従業員のボーナスを、白バイ隊員と名乗る男に盗まれた事件である。実際に犯行に使われた機種は白バイに似せて白くペイントされたヤマハ350R1だ。犯人は改造ニセ白バイを使って、現金輸送車の日産セドリックを止め、爆発物が取り付けられていると脅かして運転手や銀行員を車から遠ざけ、まんまとそのセドリックを乗り逃げした。目立たない駐車場で奪った現金輸送車を乗り捨て、トヨタカローラに乗り換えたて逃走したところまでは分かっているが、未だ犯人は見つかっていない。これが三億事件の荒筋である。

この事件が起きたまさにその当日、運の悪いことに友人のカワサキA1SSは国分寺付近でパンクしてしまう。仕方なく彼はそのまま車両を置いてとりあえず帰ることにした。三億事件が起きたことはテレビ、マスコミで騒がれていたので勿論知ってはいたが、特に気にすることなくパンク修理の道具をもって翌日バイクまでもどってきた。鍵をバイクに挿して動かそうとしたところ、突然バタバタバタと数人の男たちに取り囲まれてしまった。なんと彼を取り囲んだのは、三億円事件の犯人をやっきになって探していた刑事たちだった。

うろたえる彼を刑事たちは署まで連行した。そこで友人につきつけられたのは呆れるくらい不利な状況証拠の数々だった。事件現場は、彼が日常仕事で隈なく回っている国分寺(3億円が持ち出された銀行がある)、府中(現金輸送車が奪われた場所)、日野や八王子(逃走車を乗り替えたらしい場所)である。そのことから、

地元の道路状況に詳しい
バイク、自動車の運転にたけている
盗難車を難なく持ち出せる整備能力
叔母に借りて日頃足にしている自動車がカローラ
事件前日も現金輸送車が襲われた府中刑務所裏を通っている
日頃から改造やペイントしているバイクを使用している
事件当日は国分寺の銀行で小切手を入金した
などなど

勿論全てが彼にとってはとんでもない言いがかりである。しばらく絞られたあと、警察には留置されることもなく家に帰ることができた。しかし、その後も府中警察以外の複数の警察署に事情聴取のために出頭しなければならなかったそうだ。

三億円事件はすでに時効が成立しており、今では忘れ去られつつあるが、友人と仲間とで飲むと「時効だからソロソロここの勘定もあの金で払ってもいいんじゃないか」「ここは旧札でも受け取ってくれるよ」なんてからかっている。

沖縄日本返還前だったので、友人がパスポートの書き換えに沖縄に帰ると聞いて「カッコいいな」なんて呑気に笑って聞いていた。 その頃、社会人陸上競技大会が琉球大学で開催された。彼は行儀のよい学生ということで運営委員に選ばれ、競技場で色々な競技を見たそうだ。ショックだったと言っていたのが棒高跳びだ。国内(内地)では棒高跳びにグラスファイバー製が取り入れられていた。その時、彼はグニャーと曲がる棒を初めて見たそうだ。沖縄選抜選手は竹製の棒で曲がらないのだ。日本選抜は4m台を飛ぶことが出来るのに、竹製の沖縄選抜は2m台しか飛べない。差を付けられてとても悔しかったと言っていた。

彼は、バイクに目覚めた沖縄時代、基地のアメリカ兵の主催するエンデユーロレースに参加した。基地の外に作られたコースの目印は、事前に米兵が巨木に吊り下げた赤いリボンだ。その赤いリボンを目印にモトクロッサーが走るのだが、そのコースは沖縄住民が栽培しているサトウキビ畑などを突っ切っている。そんなことはお構いなしなのだ。モトクロスタイヤでサトウキビはなぎ倒され畑が掘り起こされていった。

若かった俺は彼の話を笑って聞いていたが、大人になって沖縄の基地事情を知るにつれ、このまま東京で知らんぷりはいけないなと反省している。

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