点かなかったヘッドライト

高校時代からの友達が、代理店契約をしたばかりのADIVAと言うメーカーの屋根付き三輪スクーターの第一号車を買ってくれた。高校からずっとつきあいのある仲間たちもそれぞれのバイクで納車式に集まってくれて、今年は皆で一緒にツーリングに行こうなどと話が盛り上がった。

ADIVAを買ってくれたその彼は、つい最近会社勤めを終えた。 これからの楽しみとして奥さんと日本一周タンデムバイク旅行を計画している。これまでも最近ではクロスカブを買って奥さんとツーリングに行ったりはしていたが、長距離にこの三輪車がもってこいだと思ったそうだ。一挙に日本一周に飛び出すわけではない。 今回は一泊でココ、次は二泊でココとココなど行くたびに制覇した地域を色鉛筆で塗っていくのだ。リビングに飾った日本地図が色とりどりに染まっていくのはさぞ楽しい事だろう。

振り返ればバイクショップという商売を初めて40年が経った。始めたころは若かった勢いで営業成績を上げ、メーカーからは何度も専売店をやらないかとお誘いを受けた。しかし、「バイクの楽しさ」を知ってもらうためにバイクショップを始めたのに、その理念をメーカー専売で続けるのは難しいのではないかと考え、以来どのメーカーの代理店契約もせずに営業してきた。このことは何の後悔もないが、商売人として正しい選択だったかは今でも分からない。

それでは今さらなぜ小さいメーカーにせよADIVAとの代理店契約を行ったのか。その訳には重なった何度かの偶然があった。雑誌やネットなどでADIVAの写真を見てはいたが、カッコいいバイクがあるなぁ、ヨーロッパのデザインは洗練されているなぁ、位の認識でしかなかった。そんな時にADIVAの営業マンが突然飛び込みで店に現れた。東京モーターサイクルショーに出品しているから見に来てほしいとのことだった。ADIVAの会場には何台かの200ccと400ccの屋根付き三輪車が展示されていた。その全ての展示車両に女性を後ろに乗せてタンデムの乗り心地を試している見学者がいた。この光景に俺は「これだ、思った通りだ」と確信が持てたのだ。

俺が14歳で初めてバイクに興味を持ったのは、後ろに彼女を載せて多摩川の土手や湘南海岸を走ることを妄想したからだった。当時の青春ドラマに感化されたのだろう。今、彼女や子供を後ろに乗せて楽しめるバイクはとても少ない。最高出力やトルクや回転数などほとんどのライダーには使い切れない性能に重点に置いていて、バイクを乗るために一番必要な部分であるはずの「走る楽しさ」「いじる楽しさ」などを無視して造られているように思える。新しく販売される現代版のデザインに俺自身がついて行っていないのかもしれないのだが。

バイクに限らず若者がバンド活動をしたり、サーフィンや演劇に夢中になるのはカッコ良さや異性への強い憧れに弾きつけられるからではないだろうか。バイクが主役に表現されている映画はたくさんあった。しかし、俺が印象に残っているのはバイクが主役ではなく、ほんの少しバイクが出てくる映画だ。ベンジーと言う題名の洋画だったような気がする。毛の長い犬が主役の古い映画だ。その中で男の子が彼女を後ろに乗せてホンダXL250Sで湖のほとりを走るだけなのだが、何気なくバイクに乗っているのがとてもカッコ良いのだ。カッコ良いと思うのは映画の世界だけではない。店の近くの環八を軽トラで走っていたらベスパの二人乗りが追い越していった。後ろに乗っていた女性が白縁のサングラスをかけていてカッコよく、楽しそうにカップルで乗っていた。

中学生の時に憧れた湘南海岸彼女を乗せて疾走する夢は叶わなかったが、高校生の頃、バイトで手にしたバイクを一番先に見せに行ったのは彼女の家だった。庭先で少し自慢話していたら辺りはすでに暗くなり始めていた。帰り支度をしているとヘッドライトが点かない。焦ったが当時の俺には直す術が無い。ヘッドライトを叩くことくらいしかできなかった。そのうち彼女の両親が出てきて懐中電灯で俺のバイクのヘッドライトを照らしはじめた。俺は益々焦る。表通りの明るいところで見てみますとバイクを押して早々に逃げ帰る。そのバイクはヤマハYDS1だった。その時には次の型のYDS2そして世界初の分離給油を取り付けた新型のYDS3が出ていた。そんな前々期型のボロバイクだから壊れるのは仕方ないことなのだが、そんなことも半世紀も過ぎて覚えている青春時代のほろ苦い思い出だ。YDS1が何回転回ったのか、最高馬力や最高出力のトルクがどうだったかは全く覚えてもいないし興味もない。

昨年店でホンダのスーパーカブ110を買ってくれたお客さんの内、3人は定年退職後のチャレンジとして日本一周を目指していた。一人はもう出発しているのだろう。もう一人は「婆さんが反対して」と諦めたようだ。もう一人はサラリーマン時代に渡り歩いた地方の支店を全てバイクで廻るそうだ。皆の思い出つくりにバイクが登場することがとても嬉しい。

俺も今までのように皆を引っ張ってイベントを開催することは体力的に難しくなってきた。これからは友達や夫婦でツーリングを楽しんで行くのだろう。ずっとバイクとかかわって行きたいからだ。これからも楽しいバイクで思い出を作っていくつもりだ。若い頃には若いなりのバイクの楽しみがあるように、年齢を重ねれば重ねたなりにカッコ良くバイクを楽しみたいものだ。

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